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保護者面談に行ったら、自分のことを指摘されているような気がした件

先日、奥さんの体調が今一つということで保護者面談に同伴した。で、先生からご指摘いただいたことが、まるで自分のことを言われているような気がしてしまった。以下、当日の模様を報告しておく。

まず親というのは心配性なもので、友だちと仲良くやれているかとか、元気にやれているのかといったあたりが最大の関心事項となる。学業に関する説明もそこそこに質問したところ、最初に言われたのが、「学校では大変に元気にしていますよ。みんなから有末(仮名)先生と呼ばれることが多いです。」である。

は? 先生?

「ええ、みんなの意見を聞いた後で、端的に話をまとめたコメントを出すんです。だから ”先生” と呼ばれるみたいですね。」

たしかに私も会社では下っ端なのに、態度はデカイ。会議に出ると、仕切りたくなるクセがある。だから最近は、特に若者たちの自主性に任せたいような会議に顔を出すのは控えるようにしている。うーむ、自宅でも家長として家族を率いるという振舞い方だ。そういえばマンションの理事会でも、理事長を差し置いて結論を出してしまうこともある。そういう親の振る舞いを、もしかして見習ってしまったのだろうか。

「そういえば日記も、説明が端的ですね。いや、日記は構わないないんですけど、友だちと話をする時には、相手にきちんと伝わるように丁寧な表現をする練習をすると良いかもしれません。」

うん、私も説明が端的というか、いきなり結論に行きつこうとする。”一を聞いて十を知る” というセンスのある者でないと、私の相手をするのは難しい。おしゃべりでいろいろなことを口にするタイプなので、さらに相手は戸惑ってしまうらしい。胸を張って “コミュ症” だといえるような、妙な自信まである。

実は英語は主語や動詞という文型に始まり、話をするロジックも決まっている。私は日本語が通じなくて(下手くそな)英語で話すことがある。その方が話が通じるからだ。ただし文章だと、日本語だと若干は分かりやすくなるようだ。どうもここら辺も、悪いお手本として伝わってしまっているような気がする。

ちなみに学業に関していうと、うっかりミスが多いのだそうだ。分かっているのに、簡単なところで計算ミスをするとのこと。たしかに夏休みの宿題を見ていると、単に実力不足で複雑な計算が出来ないというレベルを超えた間違いが散見されていた。

うん、私も中学校時代は注意深く問題文を読まずに満点を取れずに学年1位になれず、「無冠の帝王」などという嬉しくない称号(?)を与えられたことがある。難しい内容だとファイト満々で取り組むのだけれども、ルーチンワークになると集中力を維持できない。こんなところまで親に似てしまうとは、怒るどころではない。申し訳ない気持ちで一杯になってしまう。

そしてトドメは図形、すなわち空間把握が十分に出来ていないとのことだ。私も中学校の時にやったオリエンテーリング活動で、所属チームを迷子にさせて2時間ほどチームを先生方から行方不明状態にさせてしまい、あわや警察による人海戦術による捜索活動をするかという事態を引き起こしたことがある。

ただしこれは空間把握能力はあったけれども、式の計算ミスのように空間計算のミスをした上に、検算をしなかったことが原因である。我が子の場合は、そもそも空間把握が出来ていないとのことである。小学校四年生ともなると、サイコロ作って転がすような単純な工作には興味を持てなくなって来る。そこまで分かっていて今まで放置していたのだから、親としては申し訳ない限りである。

それにしても、空間把握能力は早急に何とかする必要がある。実は5月連休に家族旅行をした際、伊豆シャボテン公園出口から駐車場までの道に迷ってしまい、伊豆の別荘地を30分以上も放浪してしまったという失態も演じている。自分のことを棚に上げて言うのも何だが、早いところ優秀なナビゲータに育って貰わないと、今後も第二、第三の悲劇(喜劇?)が待ち受けていることになる。

もちろん親の良いところも見習ってくれているとは思うが、それにしても子供の相談をしているのか親の相談をしているのか分からない面談だった。ヤレヤレ、である。