湯川学

【ネタバレ】「容疑者Xの献身」の犯人は、若い頃に私にそっくり

こんにちは、ヒツジ執事です。

ガリレオシリーズで「沈黙のパレード」、「真夏の方程式」と来ると、当然ながら「容疑者Xの献身」を思い浮かべる人は多いでしょう。

ただしこの本、映画化までされた人気小説なんですけれども、前二作と比べると人生観が対称的なほど異なっています。

今回は何がどのように対称的なのか、紹介させて頂くことにしましょう。

必要のない犯罪

「容疑者Xの献身」、推理小説としては名作だと思います。おまけに犯人の能力が半端なく高いので、捜査陣は振り回されっぱなしです。

「数学の天才」が、的確に状況を分析して緻密な手を打ちます。探偵役の湯川学准教授とやりとりする場面は、緊張して息をしている暇がありません。

これは当然といえば、当然です。何しろ相手は、大学生時代の湯川先生が天才だと認めた友人です。

彼は人付き合いが下手で、高校教師になりました。研究の道は歩めませんでしたが、十分な身分でしょう。

その “天才” が殺人の起こった直後から事件に介入し、殺人事件を迷宮入りにしようと企むのです。さすがの湯川先生も苦戦します。

しかし… 小説としては面白いのですが、ちょっと現実的ではありませんね。

まず天才でさえ事件発生を防ぐことが出来なかったのは、止むを得ないことだとしましょう。

しかしその次に事件の真相を隠そうとしたことは、天才らしくありません。小説「少年陰陽師」の宿命ではありませんが、真相を変えようとすると歪みが生じます。

天才としては被害者が亡くなった事実は隠さず、それがいかに問題のない行為であったのかを証明した方が良さそうに思えます。

量刑(ウキペディア)

また隠ぺい工作をするにしても、「とんでもない状況だったので止むを得ず必死で介入した」といったようなシチュエーションを作る方向に努力するのが良さそうに思えます。

「過ぎたるは及ばざるが如し」でしょうか。

やりすぎた結果として、この小説では悲劇的な結末が待っています。

そして草薙刑事が帝都大学を訪問することはなくなり、久しぶりに再会した時に湯川先生は次のように言います。

「電話を貰った時には驚いた。君たちがここへ来ることは、もうないだろうと思っていたからね」

当事者になったらそんな余裕はないと言われるかもしれませんが、当事者だからこそ必死に最適解を求めるんじゃないでしょうか?

そういう意味で、本作では必要のない犯罪が発生するという、悲しい事態が発生します。

そして湯川先生も友人の気持ちを読み損ね、さらに悲しい結末へと至ります。

そうしないと執筆された時代の読者は納得しなかった訳ですが、冷静に考えてみると、歪みがあちこちで生じています。

もしかしたらその歪みが、本作の魅力の一つなのかもしれません。

にやにやで始まる湯川先生

しかしガリレオ・シリーズの中でも最もか悲しい結末の一つであるにも関わらず、いや悲しい結末だからこそしれませんが、軽い感じで始まります。

最初に草薙刑事が帝都大学を訪問した際、湯川先生は “にやにやしながら草薙と岸谷を見比べ” ます。

汚いカップにぎょっとする光景もあります。(ホーローだと、仕方ないんですよね)

そこで「ダルマの石神」も登場します。

Mikanお嬢様のお人形さんが一つだけではないように、大学生時代の湯川先生も一人ではありませんでした。友人もいました。

それが「ダルマの石神」です。

そして湯川先生は、殺人事件には興味がなくなったような顔で、友人の住んでいるアパートの住所をメモするのです。

そもそも殺人事件は興味あることではないし、現在の湯川先生なら興味が無いのが当たり前です。

この頃はまだ、殺人事件というか物理現象解明が中心だったのですね。

ただしこの本には、現在の湯川先生につながる描写もあります。

「人間観察は僕の趣味でね。なかなか面白い」というセリフがあります。

それから湯川先生が、学生さんに厳しい態度を取ることがありました。“珍しく湯川が苛立っていた” とのことです。

学生に厳しい言葉をかけても、大抵は効果ありません。なかなか過渡期の湯川先生は、苦労なさったようです。

それにしても物理や数学は奥が深いです。石神さんはシンプルなテスト問題を作り、それは難しくないと考えたようです。Mikanお嬢様の宿題に付き合っていると、シンプルで正攻法で来るからこそ、何か手掛かりがないとダルマのようになってしまう光景にお目にかかります。

うめく湯川先生

そして事件も佳境を過ぎると、全体像が掴めて来ます。

なんと彼が「ありえない」「そんなことができるはずがない」と言います。TVドラマで見る湯川先生に慣れていると、信じられない光景です。

そしてうめくように、草薙刑事に帰ってくれと言います。

文庫版だけのオリジナル

しかし本当に、この頃の湯川先生は若いです。

「友人だから、さらに言うなら、君の才能を失いたくないからだ。」といって石神さんを説得しようとします。

このあたりが、この時の湯川先生の限界ですね。

友人が覚悟をもってやってしまったならば、それを黙っているのが執事的には「あるべき姿」となります。

これならば歪みを生じさせることはありません。

もちろん事件の真相を明らかにすることも歪みには影響しませんが、どっちを選んでも得るものが変わらないならば、放置しておいた方が良いでしょう。

これが湯川先生が辿り着いた現在の境地であり、湯川先生はこの事件をキッカケに少しずつ変わって行きます。

そして「真夏の方程式」と「沈黙のパレード」間に発行された文庫版「禁断の魔術」では、湯川先生は共犯者(?)となります。

これはご存知のない方も多いかもしれません。なにせ単行本でも「禁断の魔術」は発行されていますが、文庫版は「『猛射つ』一作品を長編小説として改稿し、文庫オリジナルとして刊行」されているのです。

まさに「ありえない」と言いたくなるような話です。余程のファンでない限りは、気付くことは難しいのではないでしょうか。

それはともかく、この頃になると湯川先生は、物事をあるがままに受け入れる柔軟性を示すようになります。それどころか「真夏の方程式」よりも過激になり、もはや共犯者というよりも「犯人」と言いたくなる始末です。

この湯川先生を知っていれば、「沈黙のパレード」の彼に驚かされることは無かったかもしれません。

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まとめ(やはり傑作)

それにしてもMikanお嬢様がお読みになる本は、「魔法科高校の劣等生」にしても実に緻密な世界が構築されています。

こうやって湯川先生が成長していく姿をみると、その自然さには驚くばかりです。

そして犯人は、実に若かりし頃の私に似ています。もう少し人生経験を積むか、違った場所にいれば良かったのと、残念でなりません。

その湯川先生がまだ熱かった頃の名作が、「容疑者Xの献身」です。

もちろんフィクションなのですが、思わず何とかしてしまいたくなるもどかしさが、逆に心地良いです。

さて「沈黙のパレード」の続きも発行されると嬉しいのですが、こればかりは大人しく待つしか無さそうです。

それでは、また。