湯川学

【ネタバレ有】「沈黙のパレード」の結末は、さすが東野圭吾と感心した件

クリスマスシーズンが近づいて来たけれども、ひょんなことからガリレオTVドラマの中で、湯川学准教授がファーバーカステル伯爵コレクションのアネロ油性ボールペンを利用していたことを知った。

もちろん画像のボールペンが、そのファーバーカステラ… ではなくて、ファーバーカステル云々である。ついつい湯川先生に憧れて、後先を考えずに購入してしまった。(結果に不満はない。まさに使っていると、「気分は湯川学」である)

そういえば2本セットで販売されているボールペンもあり、クリスマスやバレンタインデーの時には “お揃い” で役立つかもしれない。

さてそれはともかく、子供が読みたいと希望していたガリレオシリーズ最新作「沈黙のパレード」が我が家にやって来た。せっかくなので私も目を通してみて、「さすがは東野圭吾」と感心した。今回はその感想を綴ることにしたい。

“沈黙のパレード” を読んで

実は私、ガリレオシリーズは昨年小学校三年生だった子供とTVドラマを観ただけだった。ちなみに子供、いやMikanお嬢様(そう呼ぶようにとのご指示)は小説も一通りお読みになっている。

発売前に電車のドアに宣伝広告されたので、Mikanお嬢様がお気づきになったという訳である。そのような宣伝をするということは、広く一般の方々にも読んで貰いたいというか、読んで貰えると文芸春秋は考えたのだろう。

たしかにその通りで、読みやすい文体だった。どこまで理解しているかは怪しいけれども、たしかに小学校四年生でも大丈夫だろうだと思えた。湯川先生の振る舞いは実に紳士的であり、それを際立たせてくれるような語り口である。

一方で内容は人々の心の動きまでしっかりと描かれた立派な小説であり、さらに “推理” が加わる。このような本が存在するとは、ひたすら驚くばかりである。Amazonなどの評価レビューを見ても、読んで良かったという人が多いのも納得できる。

それだけではない。今回の湯川先生は友人のために自ら事件に取り組んでいく。手でお金のマークを作ったりする。学者の講義のような口調ではなく、話相手を気遣ったやさしく語りかけるような話し方もするようになった。

それでいて真夏の方程式の時に繰り返された、「全てを知った上で、進む道を選択する」というスタンスにはブレがない。そして関係者が少しでも幸せになれるよう、彼だけが見つけた “真実” を伝えていく。その手間を惜しまない献身的な姿には、見事だと感動するばかりだ。

さて肝心のあらすじは、本の紹介ではこのような感じである。

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『ガリレオ、再始動!』
シリーズとしては、6年ぶりの単行本が、長篇書下ろしとして堂々の発売!
容疑者は彼女を愛した普通の人々。
哀しき復讐者たちの渾身のトリックが、湯川、草薙、内海薫の前に立ちはだかる。
突然行方不明になった町の人気娘・佐織が、数年後に遺体となって発見された。
容疑者はかつて草薙が担当した少女殺害事件で無罪となった男。
だが今回も証拠不十分で釈放されてしまう。
さらにその男が、堂々と遺族たちの前に現れたことで、町全体を「憎悪と義憤」の空気が覆う。
かつて、佐織が町中を熱狂させた秋祭りの季節がやってきた。
パレード当日、復讐劇はいかにして遂げられたか。
殺害方法は?アリバイトリックは?
超難問に突き当たった草薙は、アメリカ帰りの湯川に助けを求める。
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このような難事件を、湯川先生は鋭い観察力と、的確な分析によって紐解いていく。

はじまりはいつも通り、第三者の視点で始まる。今回は草薙警部(係長)だ。彼の視点で物語は始まり、なぜか部下の内海薫が湯川先生から帰国を知らされており、彼女がそのことを言及する。そして湯川先生が草薙警部と久しぶりにあうことによって、事件に関わっていくという流れだ。

ちなみに湯川先生も准教授から教授に昇進なさっている。興味深いのは草薙警部で、彼を事件には巻き込もうとはしない。それよりも再会を楽しもうとする。そういう彼に友情を感じた湯川先生は、自ら事件に関わっていく。

あまり書くと面白くなくなってしまうので控えるけれども、この小説の裏テーマには “友情” があるような気がする。小説を最後まで読めば、分かって頂けるかと思う。

ところで最近の私は殺人という修正困難な事象を扱う推理小説は、出来るだけ子供に勧めたくないという気持ちが強くなっている。現実的ではないとか、感心できない動機も多い。

ヒツジ執事の私見では、トリックだけに拘るのは推理小説ではない。トリックを解明することをやりたいなら、会社の仕事でも勉強でも、そこらじゅうに謎は転がっている。それらに取り組んでいた方が遥かに楽しいし、有意義である。

子供が愛読書No.1としているKazシリーズでは「事件を未然に防ぐことに力を尽くす」という妖精チームジェニー?とやらが創設されたそうで、そこら辺はさすが中学生向け青い鳥文庫シリーズの中でも人気トップを誇るだけのことはある。

しかし今回の湯川先生も、このような子供たちに負けていない。死者を蘇らせるようなことは出来ないけれども、それで悲しむ人々の心に癒しをもたらす「真実」を妖精のように提供していく。自分は警察のように真相を究明する必要はない立場と言い切っている。

それにしても湯川先生は変わった。珍妙なやりとりは相変わらずだけれども、「昔一緒に飲んだコーヒーのマグカップはあまり綺麗じゃなかった」と認めている。

たしかにホーロー製のマグカップだとメラニンスポンジを使えないし、無理に汚れを落とそうとすると塗装が剥げる。仕方のないことだけれども、それを物理現象だから仕方ないと片づけないようになったように思える。

“アルプスの少女” の話が出て来たけれども、これはやはり別ブログで取り上げた “空想科学読本” の影響だろうか。私も物理学部出身のエンジニアであり、”ハイジのブランコは70m” 分析結果は有名な話として職場に伝わっている。

それと以下のようなやりとりもあり、思わず笑ってしまった。

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「どうかしましたか」
「いや、久しぶりで懐かしいと思ってね。目の前で若き美人刑事が頭を悩ませている」
「もうそんなに若くありません」
「美人、というほうは否定しないんだな」
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ともかく私としては久しぶりに読んだ後に、「自分も職場ではこのようにやりたい」と参考になる部分があり、殺人事件に関わった後味の悪さが軽くて済んだ本だった。ぜひ興味ある方には、オススメできる一冊である。

“沈黙のパレード” とTVドラマ相棒

どうしても比較してしまうのが、TVドラマの相棒である。昔は面白かったのか誰ども、最近の相棒はどうしてしまったのだろうか。

先に書いたように、ヒツジ執事は推理小説を “小説” だと思っている。推理だけがやりたいなら、別に小説を読む必要はない。事件の動機や、そこから生じてしまった事件がどのように人々によって展開されていくかというところに、推理小説の醍醐味があるかと思っている。

その点で最近の相棒(正月の特別番組や第11話「密着特命係24時」しか見ていないが)は、子供に見せたくないような動機を持ち出して来たり、人々の振る舞いも納得できない。「だから何なの?」レベルである。

これはシナリオ作成者が高齢化し、視聴者も高年齢層を想定しているからだろうか。最近は現実を見てしっかりした若者が多い。「密着特命係24時」の犯行動機など、「バブル時期の贅沢に慣れて金欲しさに悪いことしました」という感じで、誰も何も共感しないだろう。その動機から起こった人間模様も、「AだからBをした」というように電報スタイルである。

最後は右京さんが犯人を叱りつけたけれども、誰でも当たり前にするだろう。彼らしさも生かされていない。

その点でガリレオは、納得感がある。復讐劇で殺された男と湯川先生が直接対決できなかったのは少しだけ残念だけれども、それは物語とは関係しない話である。小説の価値には影響しない。

何年後になるかは分からないけれども、ぜひガリレオシリーズには新作を期待したいところである。

湯川先生と金田一耕助

最近テレビで “犬神家の一族” が放映されると知り、久しぶりに小説を手に取ってみた。

パラパラとめくって感じたのは、「時代は変わった」ということだろうか。

もはや “名探偵” という職業は全く成立しない。職業は専門的知識や経験と、本人の能力によって構成される。そういうものが専門家でないと得ることが出来なかった時代は20世紀で終わった。生野エルザという例外的な存在はあるけれども、ヒツジ執事としては金田一耕助が “最後の名探偵” だと思っている。

ちなみに時代が変わっても、名探偵のやることは変わらない。情報を蓄積し、分析し、何が生じているかの因果関係を突き止める。そして出来れば、その先に生じることや、人々の認識を変えていく。

湯川先生も “沈黙のパレード” ではメモをこまめにとっていたけれども、犬神家の一族での金田一耕助も同様だった。

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せめて、もう一度事件を最初から見直していったらそこからなにか手掛かりを発見できるかもしれないと思って、耕助はちかごろいくたびか自分の日記をくりかえし、そのなかから重要事項を書き抜いてみたりするのだけれど、そこからくみとることのできるのは、すでに世間に知れ渡っている事実ばかりで、それらの煙幕の背景に揺曳(ようえい)している神秘の影がいま一息というところで、つかめないのである。金田一耕助はいくど、頭の末の雀の巣をかきまわしながら、おのれの不甲斐なさをなげいたことであろう。
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ちなみに事件を看破した後で金田一耕助書き抜いた重要事項の箇条書きには、犬神家の殺人時間の真相を語るなぞが秘められていたのだそうだ。小説家が書くとそうなってしまうのかもしれないが、ロバート・ラングドン教授もモレスキンの手帳(罫線タイプ)に、ファーバーカステルのシャープペンシルでメモを取っていた。

別に名探偵に限らなくても、メモを取り、それを分析するという作業は現在でも変わらないようだ。(ただし大切なのは分析することであり、メモを取る行為ではない)

いずれにしても “沈黙のパレード” は、映画化するのに必要な要素は全て揃っている。数年後に期待している。

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