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【お嬢様への伝言メモ】少年陰陽師の「後悔は、あるか」の意味

Mikanお嬢様がブックオフ2017年ラノベ女性向けランキング7位の、少年陰陽師シリーズに夢中である。

今でこそ「自信が服を着て歩いている」とまで言われる私だが、小学生の頃は背は低いし、学校の成績は下から数えた方が早かった。したがって誰かを妬んだり屈辱を感じるような経験さえ皆無だったと言って良い。恨まれる程の存在でもなかった。ひたすら他人を羨むばかりだった。

しかしMikanお嬢様は私と違い、かなりレベルの近い子たちに囲まれて生活している。それゆえ、特に中学生に近づくにつれ、誰かを妬んだり屈辱を感じるような経験をすることになる可能性が高いという気がしている。しかし私も先の通りで、そのような心の機微には疎い。

そこでそのような人生の機微を、必要が来た時に理解して貰えるように、少年陰陽師シリーズでポイントとなる箇所をメモしておくことにする。


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P.71
涙に濡れた面持ちを向ける昌浩に、男は静かに告げる。
「覚えておけよ。ひどい傷は、心に闇を呼ぶ。深くえぐられた心を立て直すために、自分自身を守るために、怒りや憎しみで傷を埋めようとするからだ。でもな、一番厄介なのは、その傷の一番奥深くにあるものに気づけないということだ」
「怒りも憎しみも、一番奥にあるものに気づきたくないから出てくるものだ。じゃあ、それはなんだと思う?」
逆にといかけられて、昌浩は答えに窮した。
今まで目を背けてきた、見たくない、気づきたくない。目を閉じて耳をふさいで、できることならばやり過ごして、自分の中にないことにしたいものだ。
雨音が聞こえた気がした。
そうして、もうひとつ。聞こえたのは。
---後悔は、あるか。
どくんと、心臓がはねた。
---己のしたことに、その意志に、後悔はあるか。 (以下、略)

(注) 人は時に怒りや憎しみを言い訳に、冷酷無情に他人を傷つける。その逆に、傷つけられることもある。私はこの歳にして、未だに自分では気付けていないが、自分が思っている以上に多かれ少なかれ、そういった人間の業のような部分を持ち合わせていると思う。(傷つけることに喜びを感じるという思考さえ存在するかもしれない)

またその前段階として、人は弱く、愚かで、浅ましく、醜い部分を持ち合わせている。もちろん、これにも気を付ける必要がある。だからこそ、陰陽師というのは、心の奥は常に平静を保つ必要があるのだ。


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P.335
書付を持って来たとき、武はひとつの告白をした。
しろがね姫が絶望に沈んだのは、今年の春の終わり。武が十二神将を召喚しようとし、失敗したのは、春の終わりだったのだと。
清明が十二神将を使役にくだしたのは、葵祭の数日後。葵祭は、夏の初めに行われるのだ。
清明が神将を式に下したことで、武の呼びかけに彼らは応じなかった。
当初告げられた言葉は、実は武の偽りだったのだ。
なぜそんな嘘をと問うた清明に、武は言った。
そう思わなければ、お前を憎まなければ、生きていられなかったのだ、と。
しろがね姫を救えなかった絶望を、安倍晴明に対する憎悪にすり替えて、彼に奪われた神将を奪い取る。
それが、ばけものに取り込まれたしろがね姫をどうしても殺せない武が選んだ、哀しい現実だったのである。

(注) 人は、自分の思いがけないところで他人に恨まれたりすることがある。

しかし、この弱さ、醜さ、浅ましさが、人の人たる所以かもしれない。こういった感情が無くなってしまったら、まるで機械のような存在になってしまわないだろうか。話は若干逸れるが、”魔法科高校の劣等生” の主人公「司波達也」は妹のことを除くと、このような感情を持てなくなってしまっているとのことである。(まさに彼は、戦闘マシーンのように描写されている)

そして人生とはフクザツなもので、憎しみも使い方次第だったりするかもしれない。先の司波達也は、憎しみを糧に剣技を磨いた先輩に、こういった。(入学編(下)のP.232)


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「恨み、憎しみで身につけた強さは、確かに、哀しい強さかもしれません。
ですがそれは、紛れもなく、壬生先輩が自分の手で高めた、先輩の剣です。
恨みに凝り固まるでなく、嘆きに溺れるでなく、己自身を磨き高めた先輩の一年が、無駄であったはすはないと思います。」
「強くなるきっかけなんて様々です。
努力する理由なんて、千や万では数えきれないでしょう。
その努力を、その時間を、その成果を否定してしまった時にこそ、努力に費やした日々が本当に無駄になってしまうのではないでしょうか」

うーむ、「さすがはおにいさま」ですな。(あれ、随分と話が逸れてしまった。しまった、しまった)